手帳やスマートフォンを、ちょっと開いてみてください。来週の欄には、仕事の打ち合わせ、買い物、なんとなく入れた約束が並んでいるかもしれません。
では、もしその1週間が、自分の人生の最後の1週間だとわかっていたら。この中のどれを残して、どれを消すでしょうか。そして、空いた時間に、何を書き足すでしょうか。
残すものは、思ったより少ないかもしれません。そして書き足したくなるのは、誰かの名前ではないでしょうか。
「人生に限りがあると意識すると、人は本当に大切なものに気づく」。そう聞くと、うなずきたくなります。ところが心理学の世界では、長いあいだ、それとは逆の結果がくり返し報告されてきました。
死を意識すると、人は欲張りになる?
心理学には、自分がいつか死ぬことを意識させたあと、人の行動がどう変わるかを調べた実験がたくさんあります。そこで目立ったのは、意外な結果でした。
いつか死ぬことについて短い文章を書いてもらうと、人はその後、将来のお金や楽しみにより多くを望むようになり、自分と考えの違う人に厳しくなります。死の不安を打ち消そうとして、人はかえって、手に入るものや自分の側の価値観にしがみつく、と考えられてきました。
一方で、大きな病気や事故で実際に死の近くまで行った人たちは、まったく逆のことを語ります。お金や物を追いかけることが空しく感じるようになった。大切な人との時間を、何よりも優先するようになった、と。
同じ「死を意識する」なのに、なぜ正反対のことが起こるのでしょうか。この謎に、ひとつの実験が答えを出しています。
封筒の中のくじ
あなたが、ある心理学の実験に参加したとします。
最初に、いくつかの問いに文章で答えるよう言われます。そのあと、封筒のついた案内を渡されます。封筒の中には、100ドルの商品券が当たるくじが入っています。案内によると、参加者は何回かに分かれて来ていて、来る人が増えるほど封筒のくじは減っていきます。多く取るほど当たりやすくなりますが、そのぶん、後の人の機会は減ります。
さて、あなたは何枚取るでしょうか。
アメリカの大学で行われたこの実験では、最初に答える問いが2通り用意されていました。
ひとつは、これまでの研究と同じく、いつか死ぬことについて浮かぶ思いを、短く書いてもらうものです。
もうひとつは、自分が人生の最期を迎える場面に身を置いたうえで、3つの問いに答えるものです。
- 最期の時間を、どう過ごすと思いますか。
- そこまで、どんな人生を送ってきましたか。
- 家族は、それをどう受け止めるでしょうか。
くじの枚数は、どう違ったか
違いがはっきり出たのは、ふだんからお金や見た目、人からの評価を大事にする傾向の強い人たちでした。
いつか死ぬことについて書いただけの人は、くじを多く取りました。これまでの研究と同じです。ところが、最期の場面から自分の人生と家族をふり返った人は、同じような傾向の人でも、くじを控えめにしか取りませんでした。もともと物やお金にこだわらない人たちと、ほとんど変わらなかったのです。
ふり返った人の1人は、こう書いていました。「愛する人という、いちばん大事なものではなく、お金や見た目のような大事でないことばかりに気を取られていた」。
その後、別の研究チームも、人生の終わりと向き合う時間が短いと人は身構え、時間をかけて向き合うと、人とのつながりや成長を大切にする気持ちが保たれたり強まったりする、という結果を報告しています。また2025年には、中国の成人1万人あまりの調査で、死を自然なこととして落ち着いて受け止めている人ほど、人とのつながりや社会への貢献を大事にしていて、「よい人生を送っている」という実感とつながっていた、という結果が出ています。
分かれ道は、死を意識するかどうかではありませんでした。どれくらい、どんなふうに向き合うかだったのです。
※くじの実験は3つあり、参加者はいずれもアメリカの大学で心理学を学ぶ学生(48人、56人、90人)でした。小さな規模で、測ったのはくじの枚数というその場の行動です。2025年の調査はある時点で1回だけ行ったアンケートで、原因と結果までは示していません。人生の終わりと向き合えば誰でも穏やかになれる、と言える段階ではありませんが、3つの研究は、おおむね同じ方向を指しています。
落ち着いて思い描くということ
頭の中で何かを思い描くとき、脳では、実際にそれを目で見ているときと重なる部分が働くことが、脳画像の研究で報告されています。思い描くことは、脳にとって、まったくの空想ではないのです。だからこそ、どんな場面を、どんな気持ちで思い描くかが大切になります。
先に見た研究のとおり、不安の中で「死」という言葉だけを突きつけられると、人は身構えます。けれども、落ち着いた状態で、自分が歩いてきた道と大切な人の顔を思い浮かべれば、脳は「では、何を大事にして生きるか」という問いのほうへ向かうのかもしれません。
近日発売の一指 李承憲『魂の終活』(共生)にも、同じ考えが書かれています。死を意識することについての心理学の研究にふれたうえで、変化はひとりでに起こるわけではない、と続けるのです。
死という現実と落ち着いて向き合っていられるとき、死はようやく私たちに何かを教えはじめるのです。(『魂の終活』第1章)
同じ章で、著者は死を「人生で大切なものとそうでないものをふるい分ける、最も正直な基準」と呼んでいます。冒頭の予定表で、残すものと消すものがはっきり分かれたのは、その基準がほんの少し働いたからなのでしょう。
今日、10分でできること
実験のように、自分の最期の場面に身を置く必要はありません。使うのは、来週の予定表と、紙とペンだけです。静かに座れる時間に、次の順で試してみてください。
- 椅子に座り、ゆっくり何回か息を吐いて、体の力を抜きます。
- 来週の予定表を見ながら、「これだけは大切にしたい」と思う予定に印をつけます。
- いちばん大切な人の顔を思い浮かべて、今度会ったときに伝えたいひと言を紙に書きます。
- 最後に、実際の来週の予定に、ひとつだけ書き足します。電話を1本かける、会う日を決める、くらいの小さなことで十分です。
いま大きな悲しみの中にいるときや、気持ちが落ち着かないときは、無理に行う必要はありません。研究で見たとおり、死を意識することは、向き合い方しだいで、身構えにも、生き方の問いにもなります。落ち着いて向き合えるときに、試してみてください。
参考情報
- Cozzolino, P. J., Staples, A. D., Meyers, L. S., & Samboceti, J. “Greed, Death, and Values: From Terror Management to Transcendence Management Theory,” Personality and Social Psychology Bulletin, 30(3), 278–292 (2004).
- Lykins, E. L. B., et al. “Goal shifts following reminders of mortality: Reconciling posttraumatic growth and terror management theory,” Personality and Social Psychology Bulletin, 33(8), 1088–1099 (2007).
- Dijkstra, N., Bosch, S. E., & van Gerven, M. A. J. “Vividness of Visual Imagery Depends on the Neural Overlap with Perception in Visual Areas,” The Journal of Neuroscience, 37(5), 1367–1373 (2017).
- Wang, Y., Pei, F., Yang, Y., & Wang, J. “Death attitudes and good life experience: the mediation and suppression effects of intrinsic and extrinsic goals,” Frontiers in Psychiatry, 16 (2025).
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